狐に許しを乞うた間右衛門(まよもん) [奥能登・穴水町の民話・伝説]
(参考:「加賀・能登の民話」、「石川県鳳至郡誌」)
昔々のこと。穴水の兜村に間右衛門という樵(きこり)がおりました。
ある日のこと、間右衛門は、奥山深く入り込んで、木を切り倒していました。
すると間右衛門が、仕事に精を出している間に、人目を忍んで狐が現れ、木陰においてあった間右衛門の弁当を残らず盗み食いしてしまいました。
さてお昼となり、間右衛門は弁当を食べに木陰にやって来てみると、笹皮の弁当包みが散乱しているだけで何も食いものは残ってません。見れば周囲に狐の足跡が残ってます。さては近くに棲む狐の仕業だなと知ると、彼は大いに怒りました。
ある日、以前弁当を盗まれた場所に近いところで狐を見つけると、間右衛門は斧を置いて追いかけました。狐は巣穴に逃げ込み出てきません。そこで間右衛門は入口から枯れ枝や枯れ草を押入れ、火をつけて子狐もろとも殺してしまいました。
実は、この時、牝狐(めぎつね)は出かけていて無事でした。夫、子供を失った牝狐は復讐して怨みを晴らそうと心に誓いました。
彼女は、界隈一帯の狐のみならず、遠く珠洲は三崎の狐にいたるまで、応援を頼みまわりました。復讐を期したある月の満月の夜、能登一円から、牝狐のもとに何百頭にものぼる同志が集まりました。
夜分に乗じて狐達は、間右衛門が住む村はずれの家を見下ろす山に移動しました。そして群れを引き連れた牝狐が「コーーーン」と一声鳴いて気勢をあげると、狐達は一機に駆け下り、間右衛門の家に押し寄せました。
間右衛門の家は、何百頭もの狐に襲われたのでは、堪りません。まるで竜巻ににでもやられたかのように、あっという間に柱は折れ、壁、戸板、障子は破れ、屋根は崩れるといった見るも無残な有様となってしまいました。
しばらく呆然としていた間右衛門でしたが、正気に戻ると大層後悔しました。そして夜が明けると、山深く分け入り、牝狐のところに謝りに行きました。
それで牝狐も間右衛門を許しました。その上で牝狐は、また多くの狐達を動員して、間右衛門の家をすっかり元通りに修繕してやりました。
この話を聞いた村人はそれから、野山の狐を決して苛(いじ)めなくなったといいます。
それきりぶっつりなんばみそ。






